2014年10月13日

被災地のピーピング・トム

iPhoneのアラームが鳴る前に目覚めた。ということはまだ朝5時前、漫画喫茶の個室からかろうじて見える小さな窓の外は、少しずつだが白み始めている。
 昨日からの身体の疲れ、特に脚の怠さが消えたとは感じないが、それでも多少は軽くなったようだ。少し逡巡しただけで、宿(と言えるのか?)を出払うことに決めた。一人で行動する時の方が、事前の計画や予定に律儀になる。
 12時間ナイトパックの残りが何時間=幾ら勿体無いのか計算しそうになったが、起き抜けで頭がまだ働いてないことも手伝って、答えは出ないままだった。
 福島県南相馬。あの震災以来幾度となく耳にした土地を歩いている。
 なぜ、と聞かれると上手く答えられない。だって「バスが来たから」という答えは余りにニヒルに過ぎる。

 友人の結婚式で福島まで来たので、ついでだから一泊して観光するか、若松城(鶴ヶ城または黒川城とも)はまだ行ったことがないな、というのが当初の計画。その時もちらっと海沿の被災地の写真は頭に浮かんだが、実際どういうルートがあるのか、行けるものなのか、いや行っていいものなのか、という疑問符が付いたのもあって全く具体的なプランにはならなかった。
 しかし結婚式が終わり(楽しい式でした、ありがとうお幸せに)、とりあえず引出物やらの荷物になる物を我家に郵送してしまい、駅に戻る。そうして会津若松行きの交通手段を検討していると、偶然「福島〜南相馬」の高速バス路線を見つけた。
 南相馬って確か。東日本大震災で大きな被害を受け、その様子を市長がYouTubeにアップして世界に発信したのが確か南相馬市。あの頃何度も開いては、最後まで観られずに閉じた動画、あの津波によって消された街並、そうか俺の脳裏にこびりついている被災地の画もきっと南相馬なのだ多分、、、
 バスの発車時刻は約1時間後。所要時間は約1時間半。気持が冷めないうちに窓口に並ぶ。
 「行き先は?」
 「南相馬まで」
 窓口のおばさんの声に被せるように発した言葉に付随する違和感、湧き上がる罪悪感。
 俺は今、浮かれている。

 そうして生まれた1時間のインターバルのうちに、高揚は急速に萎んでいった。
 俺は、何しに被災地へ?
 することもないので駅周辺を歩いて回る。天気が悪いわけではないが、風がやけに強く、なにより寒い。もう1段階厚手の物を着込んで来るのだった。考えが足りなかった。
そう、考えが足りない。
なんとなくしか思い描けないYouTubeの中の市長の顔。彼に会ったら、俺はどの面を下げるつもりなんだ?
もし南相馬に入国管理局があったら、こう答えるのか?
「Sightseeing.」
そう、これは「観光旅行」だ。鶴ヶ城、花見山、南相馬。俺にとっては同じ観光地、興味の対象。記念写真と土産話のために立ち寄るだけの場所。
手許の乗車券に汗が滲む。さっきの窓口で俺はまさかニヤけてすらいたのじゃないか?
ふと「ダーク・ツーリズム」という言葉を思い出す。が、今の状況を正当化できる程の理解はない。ああ、こういう時の為の理論武装。
差し迫る発車時刻、言い訳は思いつかないまま、そのくせ早足でバス停に向かう。後ろめたさは振り切れない。
ロータリーには既に結構な人数が列を成していて、更に背中に汗をかく。一目見て解るような旅装の人間は、勿論いない。良かった、軽装で、と思う。
俺は小狡く、さも「何度か乗ってますけど何か?」みたいな顔で最後尾に溶け込もうとする。罪悪感は本当に人を矮小にする、卑屈にする。
前に並んでいるのは女性だ。やはりこの人も日常的に福島-南相馬間を往復しているのだろう、荷物は手提の買い物バッグ一つだった。
そこからハミ出た長葱に、俺は頭を殴られた気がした。
勿論、「気が」しただけである。
「買い物袋から覗くネギ」という日常性とリアリティ。
さっきから俺を責め苛む、いや勝手に俺が囚われている、苛烈過ぎる津波のビジョンとその非日常性。
まさかこの女の人は、長葱を買いに福島まで来たのか?南相馬では震災から3年経った今でも、未だにネギ一本が手に入らないのか?
そんな馬鹿な、こんな想像自体が被災地を馬鹿にしている、そう打ち消そうにも何かを背追い込んだ気になっている俺は、少しの間だろうけど長葱から視線を外せなかった。

バスが来た。俺はほんの少しだけ躊躇した、だけど結局ネギの後を追ってバスに乗り込む。
やはり観たい。
あの瓦礫の山がどうなったか。人々はどんな顔で暮らしているのか。ネギは売っているのか。
 要するに好奇心と罪悪感を天秤に掛けた。そして欲求に従った。
 だからこれは巡礼じゃない。そんなもの田崎つくるに任せておけ。「覗き見」だ。本当はいけないと解っていながら、それでも穴を覗いてしまう、そういう類の行動だ。覗き見だとして、それで何かが許されるとは思わないが、そういう自分の行動の矮小さを認めたことで、大上段だった気持が少しだけ軽くなったのも事実だ。
 そんなことを考えているうちにバスは発車する。こうして相変わらず一向に渡航目的が定まらぬまま、俺は南相馬市に、「被災地」に向かう。
 「原ノ町」というバス停で下車。バスに揺られている間に、陽は殆ど沈んでいた。さすが東北、かなり空気が冷たい。俺は暖かい車内から気持を入れ替え、上着の前のジッパーを一番上までしっかりと閉めた。
(未完)
 
 


 


posted by 淺越岳人 at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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